財前さんの記事 に関連して、サイト・ブログでの表現の仕方と荒れる原因について。
場の空気というのは以下の本で危険性が述べられています。
簡単に言えば、一人の意見なのにあたかもそれが全員の意思であるかのような雰囲気を作り出し、みんながそれに従ってしまうのは非常に危険だということ。
私もこの本を読んでからは、悪い意味での空気発生機にならないよう気をつけるようにしています。
(気をつけないとよくやりそうになるんですよね…)
財前さんの記事でときどき見るのは、「〜なはず」という言葉。
個人の意見を言うのならば、「私はこう思う。」形式になると思うのです。
「はず」をつかうと、個人の意見なのにあたかもそれが絶対に正しいという根拠があるような印象を与えてしまう。
特に、「〜な人が多いはず」 というような言い方。
その意見を言っているのは、ブログを書いている時点では財前さん一人だけ。
それにもかかわらず、多くの賛同者がいるように錯覚させるような表現なんですね。
個人の意見を表現するには破壊力が大きすぎる。
それに恐怖を覚えるのは、「〜な人が多いはず」の「〜な人」に当てはまらない人たち。
まるで、財前さんを代表としたメイプルプレイヤー全体からのけ者にされているように感じる。
このままこの意見が広がれば、自分のメイプル内での生存権がなくなる。
そんな気がして必死で抵抗コメントを書いてしまうのではないでしょうか。
個人の意見を個人のサイズで表現すれば、多少奇抜な意見でも、
こんな考えの人もいるのか。
ですむ。
賛同するかしないかは読者しだい。反対だったとしても、わざわざ反論する必要もない。
ただ、自分の後ろに仮想の味方を作ってしまうとそれは個人のサイズを超えてしまう。
個人の意見は個人のサイズで。
それを守れば荒れにくくなるのではないかと思います。
こちらの記事も参考に↓
ほぼ日刊イトイ新聞 おとなの小論文教室 より
批判のサイズ